家づくり

街を大事にする取り組みとは

職業柄、多くの大家さんや地主さんにお会いする機会が多い私ですが、以前お会いした大家さんから非常に感銘を受けました。

賃貸住宅でありながら地域を育てる取り組みに、これからの時代に必要な価値観や想いが詰まっていたのです。

今回はその大家さんの取り組み、街を大事にする考え方をお伝えいたします。

感銘を受けた賃貸住宅

町の工務店ネット」というグループをご存じでしょうか。

一般の方にはあまり馴染みがないのですが、太陽熱集熱や環境にやさしい家づくりを主に行われている工務店のネットワークです。

多くの著名な建築家がご指導されており、過去に里山住宅に関する企画もされていらっしゃいます。

そんな「町の工務店ネット」さんが企画された「秋の設計セミナー」という見学ツアーに参加した時のことです。

そこで戸建て賃貸住宅を拝見したのですが、これがとてもよい計画でしたので、本日はこの「ちっちゃい辻堂」をご紹介したいと思います。

ちっちゃい辻堂さんとの出会い

ちっちゃい辻堂は「ゆるやかに集まってつくる土と繋がった暮らし」をコンセプトに計画された戸建て賃貸住宅です。

賃貸住宅のため大家さんがいらっしゃるのですが、その大家さんがとても印象的でした。

石井さんは30歳代とお若く、賃貸住宅の大家さんではあるのですが、辻堂で代々続く地主さんの13代目とのこと。

ちったい辻堂の取り組み

「ちっちゃい辻堂」には、住人が集まることが出来るコモンスペースがあるだけでなく、住人共用の畑や果樹園があり、鶏を飼っていたり養蜂していたりします。

共用のゲストルームもあり、井戸やコンポストなども併設しています。

これらの共用施設が使い放題の賃貸住宅です。

鶏の卵やハチミツも住人同士で分けるとのこと。

大家さんの石井さんのご自宅も同じ敷地内にあり、共用部もきれいに管理されています。

このような付加価値が満載の集合賃貸住宅が「ちっちゃい辻堂」です。

コモンスペースで各種イベントがあったり、畑や果樹園で収穫したり鶏の卵を拾ったり、ハチミツを絞ったりなどが、いつもの生活の中に存在しています。

その時は出来だったので、卵やハチミツはまだ収穫は出来ていなかったのですが、出来次第皆で共有するそうです。

借家人の方も個性豊かで、フラワーアーチストの方などがいらして、仕事で余った花卉を皆に配ったりしてくれるそうです。

ここでの生活の様子を伺っているだけで、なんだかワクワクしてしまいました。

賃貸住宅の大家さんの想い

「100年先を想像して辻堂のまちの最小単位」ということで「ちっちゃい辻堂」という名前にしたとお聞きしました。

懇親会の席で、石井さんといろいろとお話をさせて頂いたのですが、その話が深かった。

先にご説明したように石井さんは辻堂で代々続く地主さんの家系です。

多くの畑や田んぼの土地を継いできたお家ですが、近年は辻堂も都市化が進み、畑や田んぼは宅地化してしまっています。

石井さんも賃貸住宅の管理をなさっていますが、耐用年数が過ぎた賃貸住宅を建て替えることになるのですが、そこに疑問を感じたとのこと。

「また同じようにギュウギュウ詰めの賃貸アパートを建てていいのだろうか」

自分の自宅の周辺にも賃貸アパートがたくさん建っているけど、その借家人の人たちは勤め先に急ぐためか、挨拶することもなく、皆忙しそうにされています。

アパートに帰って地域との交流はなく、大家さんとしても住人との接点はなく、ただの「大家と借家人」の関係しかなかったそうです。

代々、家系として土地を引き継いできたけれど、自分が管理する代になり「ただ不労所得を得るだけの大家でいいのか」「地域のために役に立っているのか」「将来の辻堂はどうなってしまうのか」といろいろと考えられたとのこと。

地主さんや大家さんの勉強会で世界の事例なども見聞きし、持続可能な地域コミュニティの形成の足掛かりとなるべく「ちっちゃい辻堂」を構想したとのことです。

代々譲り受けてきた大事な土地にただ安っぽいアパートを建てて家賃を得るのではなく、借家人と一緒になって地域を育てていくことを目指したいと思うようになったそうです。

これからのまちづくりへの価値観

そんな関係性を垣間見ることができることがありました。

石井さんに現地で説明を受けている時のことです。

ちょうど賃貸住宅を借りられている方の奥様とお子様が自転車で帰っていらっしゃいました。

お子様が石井さんに大きく手を振り、石井さんもそれに応えていました。

「えっ、大家さんと借家人の関係で?」と思ってしまいました。

「ちっちゃい辻堂」はまだこの春に完成したばかりです。

すでに大家さんと借家人ではなく、「地域の人」同士の関係になっていました。

田舎の田園風景と同じ情景を感じました。

「なるほどなるほど、こんな関係を大事にしていきたいのだな」と直接感じることが出来ました。

ちなみに家賃は、やはり相場よりも割高とのこと。

そりゃそうです。

住まいは自然素材をふんだんに使った高性能住宅です。

通常の賃貸住宅では考えられないほどの共用部があるだけでなく、そこで得られる付加価値は計り知れません。

そんな少々割高とも言える家賃を「高い」とは感じさせない環境がここにはありました。

実際にお住まいされている住人の方ともお話をさせて頂きました。

実は自宅を売却して地方居住を計画をされていたところに「ちっちゃい辻堂」の計画を知り、移り住んできたとのこと。

お話をお伺いすると「地方で別荘生活的なことを考えていたのだけど、ここで十分に同じ生活が出来ている」とのことでした。

「家賃も決して高く感じない」とおっしゃっていました。

業種柄、私も大家さんや地主さんを多く知っています。

いろいろな方とお話してきましたが、石井さんのような思想を持っていらっしゃる方はそう多くはありません。

大家さんや地主さんの多くは「資産を減らさないように」といろいろと頭を悩まされていらっしゃいます。

「資産を持っている」ということもあって、ご自分だけでなく、先代時代、先々代時代などに人に騙されてしまうことも多いようです。

そんなこともあって、「人は疑ってかかれ」と教わっているそうで、周りのアドバイスを聞き入れにくいという方も多いように感じていました。

「大家さんの苦しみ」みたいな感じで、御家族、ご親戚との関係などで悩みを抱えている方も多くいらっしゃいました。

心を病んでしまっている方などもいらっしゃり、大家さん、地主さんは決して恵まれていない環境なのだと感じることもありました。

石井さんの大家さん、地主さんに対する考えは大いに共感でき、他の大家さんや地主さんにも教えてあげたいと思うものでした。

「ちっちゃい辻堂」のホームページの動画にも出てきますが、「強・大・多・早・占・便利・安い」という、資本主義の結果での価値観をもった生活は、どこかに無理が生じてストレスも多く、社会に歪みが出てきてしまいます。

これからの時代は「弱・小・少・遅・共・不便(手間)・高い」こそが、実は本当の豊かさを感じる機会であり、それらの価値が見直される社会になっていくように思います。

「ちっちゃい辻堂」のような賃貸住宅や住宅地が増えていくといいですね。

ちっちゃい辻堂さんの公式サイトはこちらから。


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